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鳥取地方裁判所 昭和45年(行ウ)3号 判決

原告 有限会社なぎさ園

被告 広島国税局長 ほか一名

訴訟代理人 川井重男 ほか五名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告米子税務署長が原告に対し、

(一) 昭和四〇年九月一日から昭和四一年八月三一日までの事業年度の法人税について、昭和四四年一〇月三一日なした所得金額一〇七万六、〇八六円、法人税額三一万〇、六〇〇円とする更正処分(但し、昭和四四年一一日八日税額を二九万八、二〇〇円に減額更正した)のうち、所得金額九九万六、〇九九円、法人税額二七万四、六九〇円を超える部分、

(二) 昭和四一年九月一日から昭和四二年八月三一日までの事業年度の法人税について、昭和四四年一〇月三一日なした所得金額一〇三万八、六〇九円、法人税額二九万〇、六〇〇円とする更正処分(但し、昭和四四年一一月八日税額を二八万四、六〇〇円に減額更正し、さらに昭和四五年三月六日所得金額を七五万五、七五三円、税額を二〇万五、四〇〇円に減額更正した)のうち、所得金額六五万〇、六五五円、法人税額一七万六、〇〇〇円を超える部分、

(三) 昭和四二年九月一日から昭和四三年八月三一日までの事業年度の法人税について、昭和四四年一〇月三一日なした所得金額八七〇万二、八五二円、法人税額二七五万六、〇〇〇円とする更正処分(但し、昭和四五年三月六日所得金額を八二三万七、三三七円、税額を二五九万三、八〇〇円に減額更正した)のうち、所得金額三一六万八、七六二円、法人税額八三万七、一〇〇円を超える部分、並びに過少申告加算税(八万七、四〇〇円)賦課決定処分、

(四) 昭和四三年九月一巳から昭和四四年八月三一日までの事業年度の法人税について、昭和四五年六月三〇日なした所得金額一〇〇五万七、〇八六円、法人税額三二二万二、〇〇〇円とする更正処分のうち、所得金額二四四万三、四〇三円、法人税額六一万七、一〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税(一三万〇、二〇〇円)賦課決定処分

をいずれも取消す。

2  被告広島国税局長が原告に対し、昭和四五年三月二八日付でした右(一)ないし(三)の各更正処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決をいずれも取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二  被告ら

いずれも主文と同旨の判決。

第二当事者の主張並びに答弁〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

第一まず、原告の被告局長に対する請求について判断する。

一  原告の被告局長に対する本訴請求は、「被告局長は、被告署長がした違法な各更正処分(別表(一)ないし(三)の各(4))につき、原告がした審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をしたが、右は被告署長の違法な右各更正処分を維持したもので違法であるから、右各裁決の取消しを求める。」というにある。

二  ところで、行訴法第一〇条第二項によると、「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」と定められている。

したがつて、原告は、被告局長のした各裁決につき、その固有の違法を主張してその取消しを求めるべきであるのに、何ら右各裁決固有の違法を主張しないので、原告の被告局長に対する本訴各請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

第二次に、原告の被告署長に対する請求について判断する。

一  原告主張の請求原因一項及び二項の1記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告署長(この項において以下「被告」という)のした本件各課税処分の当否について判断する。

本件の争点は、結局被告がした原告主張の営業権にかかる償却の否認及び賃借料支払いの否認の各適否に帰するので、以下これらの点について検討する。

1  まず、被告がした賃借料支払分の否認の適否について

右賃借料の否認については、「本件旧館部分は原告に譲渡され、その所有権は原告に属する」ことを前提としてなされたものであること同被告の自認するところであるから、本件旧館部分の所有権の移転の有無について検討する。

(一) 被告において、本件旧館部分を含む本件建物全部が原告に譲渡されたとする主要な根拠は、「(イ)原告が昭和四〇年七月五日付で鳥取県知事にあて提出した旅館業営業許可申請書に、建物面積を一四五二・八四平万メートル(これは本件建物全部の面積である)と、また、その所有者は原告であると、それぞれ記載していること、(ロ)原告は、本件建物全部を訴外会社から譲受けたとして毎年税務会計処理をし確定申告して来たこと、他方訴外会社においても、原告会社設立以後は、本件建物全部を原告に譲渡したとして毎年税務会計処理をし確定申告して来たこと、(ハ)原告会社の帳簿によると、原告が譲受けたとする本件応急建物部分の譲受価額は五四一万五八三九円であり、右は訴外会社の昭和四〇年四月一日現在の本件建物全部の帳簿価額と全く同額であること、(ニ)訴外会社が被告に提出した同会社の昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度の法人税確定申告書添付の減価償却資産の償却額の計算の明細書によると、同会社所有の建物は、昭和四〇年五月に完成した境港市の工場及び事務所等が存在するのみで、本件建物全部が除却されていること。」であり、右の事実自体は当事者間に争いがない。

(二) ところで原告は、右の事実について、「(イ)の点は、原告側で記載したものではなく、右申請書のうちその部分は白紙で米子保健所に提出したところ、担当係員が好意的に記載し取扱つてくれたものである。(ロ)及び(ニ)の点は、原告会社設立にあたり、その手続は主として原告会社及び訴外会社の代表者末次忠太郎(同人は鳥取県議会議員で極めて多忙であつた)の長男である末次忠良と船守清史税理士がしたものであるが、その際、右両名とも本件応急建物部分のみを原告に譲渡する旨の右忠太郎の指示を誤解し、本件建物全部を譲渡したものとして処理した誤りに起因する当然の結果である。(ハ)の点は、本件応急建物部分のみの価額で、その改築費に約六三〇万円を要したことから考えると妥当な価額であり、本件建物全部の価額ではない。」旨反論する。

(三) そこで、〈証拠省略〉に弁論の全趣旨を綜合すると、

(1) 原告会社が設立された経緯は、従前訴外会社は林業部と旅館部の事業を併せ行つていたが、林業部は事業不振のため昭和三四年前後から休業状態となつていたところ、林業部を境港市の木材センターへ進出させてその再建を図るに当り、低開発地域工業開発促進法(以下「開発促進法」という)の適用を受けて地方税に関する特典を受けるため、法人税について青色申告の承認を受ける必要があり、当時青色申告が認められる状態になかつた旅館業(旅館部)の事業を分離する必要があつたこと、

(2) 訴外会社は、昭和四〇年三月三一日に終る事業年度において、林業部と旅館部の決算を分離し、右同日現在の訴外会社の貸借対照表によると、本件建物全部(その帳簿価額五四一万五、八三九円)は旅館部の資産に計上されていたこと、

(3) 本件旧館部分を含む旅館部の使用建物は、従前登記簿上一筆の建物であつたが、昭和三九年二月二八日の火災による一部焼失により、同年四月一七日、右火災による一部焼失や錯誤等を理由として変更登記手続がなされ、昭和四二年一月九日に至つてはじめて本件旧館部分のみについての登記に変更登記手続がなされた(同日、本件新館についても保存登記手続がなされた)もので、右旧館部分は、訴外会社の旅館部当時も、原告会社設立当時及びその以後も、旅館建物の正面玄関・事務室・客室の一部及び居間等からなり、本件応急建物部分は、右本件旧館部分の後側に接続する部分で、調理室・客室の一部等に使用され、右旧館部分との間に防火壁が存するのみであり、旅館営業としては分離して考えられない関係にあること、

(4) 訴外会社の代表者末次忠太郎は、昭和四〇年五月頃有和税理事務所の船守清史税理士(従前訴外会社の税務署に対する申告事務を担当していた)に対し、「訴外会社は昭和三三年頃から休業しているが、今度境港市外江にできる木工団地に進出して事業を再開したい。それについては県の指導もあつて、開発促進法の適用を受けると不動産取得税とか固定資産税等の地方税の減免を受け得るし、法人税についても減価償却資産について特別償却ができるので、是非この恩典を受けたい。それには青色申告の承認を受ける必要があるが、現在皆生地区の旅館営業には右の青色申告の承認が認められていないので、この際旅館部を切離して独立させ、訴外会社が青色申告によつて納税できるようにしたい。そのため旅館部を分離して新会社を設立してくれ。」という趣旨の依頼をした。

これに対し船守税理士は、「訴外会社から旅館部を分離独立させるとすると、引継ぐべき建物の帳簿価額は時価より非常に低いから、これを時価で譲渡したことにすると訴外会社に差額について譲渡益が生じ、相当な額の法人税を納める必要が生ずる。建物以外の物件については、時価と帳簿価額に著しい差がないから、そんな心配はない。」旨を説明した。右忠太郎は、「それなら帳簿価額で引継いでもらわねばならん。具体的なことは忠良と相談してくれ。」と答えた。

次いで、同年六月上旬頃、右忠良が森田豊美と共に有和税理事務所に船守税理士を訪ね、同年三月三一日現在の訴外会社旅館部の資産負債各残高が記載されている書類を示し、この嬢簿価額そのままで新会社へ引継いでほしい。」と依頼した。そこで船守税理士は、前記のとおり右同日現在の本件建物全部を含む旅館部の資産負債全部を引継ぐこととして同年六月二三日原告会社の設立手続をしたこと、

(5) 訴外会社は、昭和四二年五月頃から業績不振により倒産し、同年八月頃債権者会議がもたれ、同年一二月中旬頃整理計画が決定された。その頃訴外会社の整理委員であつた押本祐次が、訴外会社の同年一二月一九日現在の貸借対照表の資産之部に、登記簿上同会社の所有となつている本件旧館部分が記載されていない理由を末次忠良に尋ねたところ、右忠良は昭和四〇年三月三一日現在の訴外会社の貸借対照表を示して、「林業部と旅館部の貸借対照表は昭和三九年九月頃から既に分割されていて、原告会社設立に当つては、旅館部の資産負債全部がそのまま原告会社に引継がれており、本件旧館部分はその登記名義に拘らず原告会社の所有である。」旨説明したこと、

(6) 訴外会社から原告に対し、本件応急建物部分のみを売渡す旨の契約書〈証拠省略〉及び原告が訴外会社から本件旧館部分を貸借する旨の契約書〈証拠省略〉等は、いずれも昭和四三年八月頃に至つて、原告会社及び訴外会社代表者末次忠太郎の指示により訴外寺尾修が日付を遡らせて作成したものであり、そしてその頃、すなわち同年八月から、原告は訴外会社の債権者に対し連帯債務者として約四二〇〇万円の債務の分割弁済をなすこととされていたこと、

以上の事実が認められ、〈証拠省略〉の結果中、右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(四) 前記当事者間に争いのない事実に右認定事実を併せ考えると、本件旧館部分を含む本件建物全部が訴外会社から原告に譲渡されたものと認めるの外はない。

(五) 原告は、

(1) 「本件建物全部の固定資産税評価額は一六〇七万〇、八〇〇円であり、その時価は、本件応急建物部分が約六〇〇万円、本件旧館部分が約二、五〇〇万円(計三、一〇〇万円)であり、訴会外社がかかる価値ある建物を僅か五四一万五、八三九円で原告会社に譲渡できる筈はない」旨主張するが(被告の主張する売買価額は結局九九一万五八三九円である)、当事者間に争いのない固定資産税評価額の点を除き、原告主張の右金額(時価)がそのまま正当であると認め得る証拠はなく、仮に原告主張の右金額が概ね正当であるとしても、資産を時価より低い帳簿価額で譲渡することは、税法上低額譲渡として売買の当事者につき寄附金あるいは受贈益の認定がなされる場合があるに止まり、時価を超える価額による売買の場合の如く、商法等の制約を受けるべき事柄ではないから、原告の右の主張は、前記の認定を左右しうるものではない。

(2) また、「(イ)本件旧館部分の所有者は訴外会社である旨登記されており、そして、訴外会社はその所有者として昭和四〇年一一月一一日訴外大山産業株式会社に対し、木材取引契約締結に伴い担保に提供しており、また、昭和四一年原告が本件新館を建築するに当り中小企業金融公庫から資金を借受けた際、訴外会社がその所有者として担保に提供していること。(ロ)訴外会社が昭和四二年七月頃倒産したため、訴外会社の債権者会議が開かれ、同年一二月頃の債権者会議において、本件旧館部分の所有権が訴外会社にあることを認め、原告会社が訴外会社の債務を引受けるなら本件旧館部分を処分しないこととしたこと、等から、右旧館部分は訴外会社の所有であること明らかである。」旨主張する。

なるほど、〈証拠省略〉によると、本件旧館部分の所有者が訴外会社である旨登記されており、訴外大山産業株式会社及び中小企業金融公庫に対しそれぞれ担保に供されていることが原告主張のとおり認められるが、〈証拠省略〉によると、訴外会社と大山産業株式会社間の商取引並びに根抵当権設定契約証書(〈証拠省略〉、根抵当権債権極度額二、〇〇〇万円)には、本件旧館部分の所有者(すなわち担保提供者)を一旦原告会社と記載しながら、それを抹消して訴外会社と訂正していること、中小企業金融公庫に対する分(抵当権、債権額三、〇〇〇万円)は、債務者が原告であり、登記名義が原告となつていない以上、登記名義人として訴外会社が担保を提供する形式をとる外ないこと、が認められるから、前記の認定事実と併せ考えると右登記簿上の各記載は、真実の所有権の帰属についての前記認定を左右するに足るものではない。また、訴外会社の債権者会議の処置についても、前記認定のとおり原告会社の所有と認識しながら(前記末次忠良の説明による)原告に債務の引受けをさせたものと認められる。したがつて、原告の右各主張も前記認定を左右しうるものではない。

(六) 右の次第で、原告は本件旧館部分を含む本件建物全部を訴外会社から譲受けたものとして、訴外会社に対する原告の賃借料支払いを否認し、原告に対してなした被告の処分は正当といわざるを得ず、この点に関する原告の主張は理由がないことに帰する。

2  次に、被告がした営業権にかかる償却分の否認の当否について

(一) 営業権(暖簾)は、通常「得意先関係、仕入関係、営業上の秘訣、営業の名声・信用、経営組織等が、当該企業のもとで有機的に結合された結果、超過収益力を生じうるに至つた場合、その企業を構成する物又は権利とは別個独立の財産的価値として評価を受くべき事実関係をいい、一種の無形固定資産である。」と解されているところ、これを貸借対照表の資産の部に計上しうるかどうかについては、商法は、暖簾について、有償取得又は合併による取得の場合に限り貸借対照表の資産の部に計上しうることを認めており(二八五条の七)、また、企業会計原則では、無形固定資産は有償取得の場合に限り、その対価をもつて取得価額とされており(企業会計原則貸借対照表原則の5E)、そして、右有償取得は通常包括的一体としての企業の全部又は一部の譲渡とともになされ、現実に支払われた対価が純資産額を超える場合、その超過額が営業権の価額となりうるものと解される。

法人税法において減価償却資産中の無形固定資産として掲げられている営業権(同法施行令一三条八号リ)の意義・評価について、同法第二二条四項に収益、損金の計算につき「公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算される」と規定されていることからすると、右商法及び企業会計原則(貸借対照表原則)の場合と同様に解するのが相当である。

(二) ところで本件の場合、前記認定のとおり訴外会社から原告に対し旅館営業の分離譲渡がなされたのは昭和四〇年六月二三日原告会社設立と同時であり、そして、右の譲渡は原告会社設立の直前である同年三月三一日現在の訴外会社旅館部の貸借対照表に基づいてなされたもので、右の貸借対照表(〈証拠省略〉)によれば、同旅館部の右同日における資産額は、資産之部の合計である一、七〇九万七、六八〇円から実質的資産とは認められない税金仮払金一〇八万五、三六一円を控除した一、六〇一万二、三一九円であり、これに対し負債之部の欠損金を除く流動負債は二、〇〇九万六、六一一円であるが、右資産中の建物五四一万五八三九円は、前記認定のとおり本件建物全部を意味するから、原告・被告とも認めるとおり、本件建物全部の譲渡時における時価は、固定資産税評価額である一、六〇七万〇、八〇〇円を下らないものと認められるので、これらを考慮すると営業の譲渡により訴外会社から原告に譲渡された資産の額は二、六六六万七、二八〇円(16,012,319円+〔16,070,800円-5,415,839円〕=26,667,280円)を下らない金額となり、結局原告は、右資産を右の金額(二、六六六万七、二八〇円)を下廻る二、〇〇九万六、六一一円の対価で譲受けたこととなるから、純資産の時価以上の対価をもつて営業を譲受けていないこととなる。

(三) したがつて、既にこの点で有償による営業権譲受があつたとみる余地はないから、他の争点につき判断するまでもなく、営業権にかかる償却分を否認し、原告に対してなした被告の処分は正当であるというの外はなく、これを違法とする原告の主張は採るを得ないものといわなければならない。

第三以上の次第で、(一)被告局長が本件第一ないし第三年度分についてなした審査請求棄却裁決の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がなく、(二)被告署長が原告に対してなした本件第一ないし第四年度分につきなした各更正処分並びに本件第三・第四年度分についてなした各過少申告加算税賦課処分には、原告主張の違法はなく、したがつて、被告署長がした右各課税処分はいずれも正当であるといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢代利則 菅納一郎 川島貴志郎)

別表(一)ないし(四)、見取図、更正所得金額の明細(一)ないし(四)〈省略〉

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